なぎなたの歴史
なぎなたの起源については定かではありません。
しかし、弁慶がなぎなたを持っていた事は有名です。
また『平家物語』のなかでも、なぎなたを持って舞う人がえがかれています。
また、平将門・藤原純友が起こした天慶の乱を描いた合戦絵巻になぎなたが登場しています。
このようなことから、源平時代なぎなたはよく使用されていた事がうかがえます。
このように合戦時などに使用されてきましたが、鉄砲などの登場により使われなくなっていきました。
しかし、江戸時代の頃は、主として女子に護身用などの武芸として使われ、武家の女子は、必ず心得として修練しました。
事実、なぎなたは武家に嫁ぐ嫁入り道具の一つでした。
そして、明治になると、女子の武道として学校でも教えられるようになりました。
そしてこの頃「男子は剣道、女子は薙刀」という観念が成立しました。
戦後に武道禁止令によりなぎなたも一時できなくなりましたが、昭和30年、全日本薙刀(なぎなた)連盟が発足し、今に至っています。
また今では、世界の様々な国でもなぎなたが行われています。
(アメリカ・イギリス・オランダ・オーストラリア・カナダ・スウェーデン・ブラジル・フランス・ベルギー等)