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歴史

綾野まつり

綾野まつり(あやのまつり)

白鬚神社の前に並ぶ5両の軕白鬚神社(しらひげじんじゃ)の前にならぶ5両の軕(やま)

 綾野まつりは、毎年10月の第(だい)2土曜日に大垣市綾野にある白鬚神社(しらひげじんじゃ)で行われます。これは、農作物(のうさくもつ)などがよく実り、たくさん収穫(しゅうかく)できたことに感謝(かんしゃ)するお祭りです。
 大垣市綾野には、江戸時代末期(えどじだいまっき)よりつたわる5両(りょう)の曳軕(ひきやま)があります。綾野まつりでは、5両の軕による巡行(じゅんこう)や奉芸(ほうげい)が行われます。


各軕の特徴

神楽軕(かぐらやま)
神楽軕
神楽軕
からくり人形を操(あやつ)る様子

 神楽軕は、文政(ぶんせい)7年(1824)にはすでにつくられていたといわれています。
 また、この軕は、「一軕(いちやま)」ともよばれ、巡行では、常に列の先頭にならびます。
 神楽軕の芸は、人が巫女(みこ)や山伏(やまぶし)の人形を棒(ぼう)であやつり、横笛(よこぶえ)などの楽器(がっき)の音に合わせて動かします。

獅子軕(ししやま)
獅子軕
獅子軕
舞踊(ぶよう)をひろう
するおどり子

 獅子軕は、宝暦(ほうれき)7年(1757)に、大垣市伝馬町(てんまちょう)で建造(けんぞう)され、のちに改造(かいぞう)されたといわれています。
 獅子軕の芸は、12~15歳(さい)の子どもによる獅子舞(ししまい)と、6~10歳(さい)までの子どもによる舞踊(ぶよう)が行われています。

小獅子軕(こじしやま)
小獅子軕
小獅子軕
牡丹(ぼたん)の前でまう
小獅子舞(こじしまい)

 小獅子軕は、嘉永(かえい)6年(1853)には存在していたとされています。
 この軕のからくり人形は、19本のひもを使ってあやつられています。若者(わかもの)からすがたを変えた小獅子が、自分の体毛についた虫から身を守るため、牡丹(ぼたん)の花からぽたぽたと落ちる水滴(すいてき)にあたろうと、さまざまな動きを見せます。

猩々軕(しょうじょうやま)
猩々軕
猩々軕
顔が赤色になるからくり芸

 猩々軕は、文政(ぶんせい)5年(1822)にはすでにつくられていたといわれています。
 この軕には、「猩々(しょうじょう)」という名前のからくり人形や竹製(たけせい)の酒樽(さかだる)などがおかれています。猩々が酒をのむと、顔が赤色に変化(へんか)する仕掛(しか)けになっています。

鯰軕(なまずやま)
鯰軕
鯰軕
守屋画伯(もりやがはく)の作品が
えがかれた幕(まく)

 鯰軕は、宝暦(ほうれき)9年(1759)には存在していたとされています。
 鯰軕の芸は、赤ずきんをかぶった老人(ろうじん)が、大きな鯰(なまず)をつかまえようとする様子を、おしばいでひろうされます。
 軕の後ろにとりつけられた幕(まく)は、大垣市出身の日本画家(がか)守屋多々志画伯(もりやただしがはく)がえがいた作品です。
 

綾野まつりの流れ

1.巡行(じゅんこう)
巡行の様子巡行(じゅんこう)の様子

 5両の軕が、それぞれの軕蔵(やまぐら)を出発し、綾野地内を巡行します。そのあと、5両の軕が集まり、神楽やまを先頭に白鬚神社(しらひげじんじゃ)へ向かいます。


2.昼の奉芸(ほうげい)
白鬚神社前での奉芸の様子白鬚神社(しらひげじんじゃ)前での奉芸(ほうげい)の様子

 白鬚神社(しらひげじんじゃ)に到着(とうちゃく)後、それぞれの軕は神様の前で、からくり芸をひろうします。


3.提灯(ちょうちん)の点灯
提灯にあかりが灯された5両の軕提灯(ちょうちん)にあかりが
ともされた5両の軕

 夜になると、軕の提灯(ちょうちん)にあかりがともり、美しい光が辺りを照らします。


4.夜の奉芸(ほうげい)
白鬚神社前での奉芸の様子白鬚神社(しらひげじんじゃ)前での奉芸(ほうげい)の様子

 白鬚神社(しらひげじんじゃ)で、2回目の奉芸が行われます。昼とはちがった迫力(はくりょく)を楽しむことができます。


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